〔トピックス〕
社会復帰をめざす高次脳機能障害リハビリテーション
病院 リハビリテーション部長 浦上裕子

 病院の高次脳機能障害者への取り組み
 平成13年度より当センターで開始された高次脳機能障害モデル事業において、病院には病院部会が設置されました。モデル事業では「診断基準」が定められ、「標準的訓練プログラム」の方法が検討され、全国支援拠点機関のネットワークが確立されました。  病院では高次脳機能障害者に対する「標準的訓練プログラム」である医学的なリハビリテーションを提供してきました。高次脳機能障害者に対して就労や復学を目標としたリハビリテーション医療を提供し、回復期のみならず、慢性期に適応障害を起こした患者に対しても評価・指導を行い、生活訓練や就労支援、地域サービスなどへの移行をはかってきました。現在は、国立障害者リハビリテーションセンターの第2期中期目標「障害特性に配慮した安全で質の高い障害者医療・看護を提供する」「高次脳機能障害者に対するチームアプローチによるサービスの提供」の中で、診療とリハビリテーションを行っています。高次脳機能障害をもつ患者は 年間入院患者数116人、外来602人(月のべ)(平成28年度)です。入院中の高次脳機能障害者は、片麻痺などの肢体不自由を重複する例が多く、高次脳機能障害(精神)での手帳は未申請の方が多い傾向にあります。

 多専門職種によるリハビリテーション
 病院のリハビリテーションでは、患者の認知機能の程度、家族の希望や心理状態、障害の認識度を複数の専門職で確認し、情報を共有し、リハビリテーションの進行状況に合わせて、地域社会や職場・学校などと連携して環境調整を行います。訓練にかかわる多専門職種、医師・看護師・理学療法士・作業療法士・言語聴覚士・臨床心理士・医療ソーシャルワーカー・運動療法士で定期的に会議をもち、統合的に方向性を決定しています。インターディシプリナリーチーム(複数の多専門職種が相互にコミュニュケーションをとり、就労や復学などの目標や方向性の決定を共有し、適確にチームをコンダクトする)が適切に機能するよう工夫しています。
画像:認知課題を用いた直接的訓練の様子 認知課題を用いた直接的訓練
 リハビリテーションの手法としては、診断基準の「記憶・注意・遂行機能障害・社会的行動障害」に対する、直接的訓練(記憶障害であれば、記憶を使う認知課題を用いた訓練)や、代償的訓練(記憶の欠損を補うような外的補助具を用いた訓練)などの方法を、リハビリテーション部各訓練部で行っています。
 評価は、記憶障害に対しては臨床心理が、注意障害に対しては言語聴覚が、遂行機能障害に対しては作業療法が中心となって行いますが、すべての部門で、共通した目標にむかって連携して訓練を行います。グループ訓練や環境調整(周囲が手順や順番をわかりやすく教える、集中しやすい静かな環境を作るなど)、家族指導(患者にどのように対応するか)も並行して行っています。体力・持久力や運動能力の低下に対しては、理学療法やリハビリテーション体育でリハビリテーションを行っています。

 地域社会への移行、就労・復学
 入院から在宅生活に移行するにあたっては、地域の包括支援センターやケアマネージャーに、残存する高次脳機能障害の特徴や程度、対応の仕方などについて情報を提供し、訪問リハ・通所リハなど必要なサービスが受けられるように支援しています。
 復学や就労を目標とする場合、高次脳機能障害に対する直接的訓練に加えて、回復期から学校や職場に類似した環境を作り、その中で高次脳機能障害に由来する問題を認識し、対処方法を獲得することも必要となります。目的地までの移動やスケジュール管理の自立などの拡大日常生活活動が獲得できれば、外来へ移行し、一定期間リハビリテーションを行った後、試験出社を繰り返し、会社上司や産業医と連携して復職をめざします。外来では復職に至ったのちも、安定して就労が継続できるようになるまで、定期的に適応状態を確認しています。職業センターや就労支援センターとも連携し、ジョブコーチが導入される場合もあります。
 緩やかな回復が期待できる場合には、自立支援局生活訓練へ移行し、生活能力を高めながら、就労準備を行う場合や、就労移行支援で訓練を行う場合もあります。

 病棟の特徴
 4階東病棟は高次脳機能障害者の行動障害に対応できるような工夫がなされています。
 高次脳機能障害者は記憶障害のために道に迷い、ひとりで目的地まで行くことができない場合があります。病棟の外に出る時は必ず病棟職員と一緒にでかけることを約束していますが、間違えてひとりで出てしまうこともしばしばあります。そのような可能性がある方には感知センサー(送信機)をお守り袋に入れ携帯していただいています。受信機は、4階東病棟2か所、1階フロア4か所、2階フロア2か所に設置され病院全体で患者の安全確保に努めております。
また、4階東病棟のエレベーターホールには自動ドアがあり、状況に応じて電子ロックがかけられるようになっています。これらは「身体拘束」であるために、患者さんの人権を尊重する立場から、行動制限を行わないと患者の生命または身体が危険にさらされる可能性が高くなる(意識障害、説明理解力低下、精神症状に伴う不穏、興奮など)などの切迫性があり、行動制限以外に患者の安全を確保する方法がない、他に代替する方法がない場合に限って実施し、その必要性がなくなった場合にはすぐ解除しています。
画像:感知センサー 感知センサー(送信機)をお守り袋に
入れ患者さまに携帯していただく。
受信機がある場所でアラームが鳴り、
所在確認ができる。
 高次脳機能障害者は状況判断ができず、スタッフステーションに入り込んでしまう場合もあります。ステーションにパーテーションを設置し、薬保管用のボックスに目隠しをするなど安全管理に努めています。また、場所がわからず迷ってしまう場合は、病室の入り口に目立つよう花やぬいぐるみ等、目印を設置し、各設備の場所もわかりやすく、表示することもあります。
また、緊急時に備えて、スタットコール手順を各フロアに準備しており、病院として早急な対応ができるよう、入院患者の失踪時捜索マニュアルも作成しています。

 高次脳機能障害者のご家族のための学習会
 病院では、入院中の患者さんのご家族を対象として「高次脳機能障害者のご家族のための学習会」をモデル事業開始時より継続して実施しています。この学習会は、高次脳機能障害についての医学的知識と福祉資源の活用に関する講義形式と、家族で問題点を話し合い、解決の方法を見出すグループ形式の2つから構成され、年間9回開催しています。外来で高次脳機能障害のリハビリテーションを受けている患者さまや失語症の患者さまのご家族も参加されています。
 ご家族からは、復職にむけたリハビリの具体的な方法(職業リハなどの利用)や自動車運転の可否などに対する情報提供などを求める声が多く、困った問題として頻繁にでる話題には、感情のコントロールができない、その場にそぐわない言動をとる、自分の障害に気が付かないことなどがあげられています。このような問題点に対して自分の経験をとおして解決の方向性を見出していこうとするご家族どおしのピアカウンセリングは、同じ問題に悩む当事者にとって有益な情報になる場合が多く、「理解してもらえた」「同じ思いをしている人がいる」という共感を得、陽性の感情が育っていきます。回復の早い段階から、このようなご家族の心理的教育を組み入れることは重要です。この学習会を経験されてから、地域の家族会で活躍されるご家族も多くおられます。

 今後
 病院では標準的なプログラムを組み合わせてリハビリテーションを実施しています。患者さまとその家族から高い信頼を得ているのは、モデル事業の時代から積み上げられたエビデンスが基盤にあるためだと思われます。
 今後は時代の変化や社会のニーズにあわせて、医学的リハビリテーションを提供していきます。