中途視覚障害者の「書きたい」を支えるために
           ―筆記行動支援システムの提案―

理療教育・就労支援部理療教育課 伊藤 和之, 加藤 麦
研究所福祉機器開発部 伊藤 和幸  研究所障害福祉研究部 北村 弥生

1. 眼が不自由になったら,どうやって学習をなさいますか

 私たちは,特に,点字,墨字(普通文字),キーボード入力に困難を有する成人の中途視覚障害の方の筆記行動を支援するためのシステムづくりを行ってきました.
 中途視覚障害の方の多くは,あん摩マッサージ指圧師,はり師,きゅう師として活躍されています.当センター「理療教育」は,その国家試験受験資格を取得するコースで、就労移行支援に位置づけられています.
 理療教育の授業が本格化すると,1年生の中から次のような悩みをお聞きします.
 「何を使って勉強すればいいのか,わからない」「学習の仕方がわからない」これらは,中途視覚障害を有する方の学習手段と学習方法、すなわち学習方略に関する課題の典型です.

2. 低視力であるほど,授業での筆記行動が少なく,録音する人が増えていました

 2001〜2008年度にかけて,理療教育1年次在籍者276名を対象とした学習手段の実態調査を行いました.
 その結果,2005年度以降,低視力であればあるほど,授業や,その後の復習の場面で筆記具を使わないことがわかりました.そして,授業の録音や音訳教材を多用する傾向が明らかとなったのです.伺うと,「点字は読むのが遅いし上手く読めない.だから書いても無駄」「授業の速度にキーボード入力が追いつかない」という声が返ってきました.40代以上の方の場合,パソコンの習熟,とりわけキーボード入力の習得に困難を有するケースが多いという報告が自立訓練の現場からもなされており,上記コメントが裏付けられています.
 印象的だったのは「書く正確さや速度に気をとられると授業についていけなくなるから」「点字を書く時の音が録音の邪魔になるから」というものです.折角,自立訓練で点字の読み書きや点字タイプライターの操作を学び,パソコン訓練を受けてきたのに,それを授業で活かせない方の存在が浮き彫りとなりました.

3. 学習の四要素から見た時,「書く」手段の少なさが浮き彫りになりました

 視覚障害リハビリテーションでは,「読む」「書く」「聞く」「話す」のうち,「読む」「聞く」手段は充実しています.しかし,「書く」手段は意外に少ないことがわかりました.点字器,点字タイプライター,点字電子手帳,そして音声パソコンぐらいです.また,高価な物が多いので,補助がない場合,なかなか個人で購入しにくい面があります.そのため,学習や就労の場面で,自らに適した実用的な筆記の手段が得られず,困難を有する方は,数は少ないものの後を絶たなかったのです.
 また,日常の中で「ちょっとした時」に直ぐに使える筆記具はなかなか見当たりませんでした.

4. 文字入力システムの開発に取り組みました

 そこで,点字や普通文字,PCでの文字入力に困難を有し,ノート・テイキングに苦慮する中・高齢層中途視覚障害者の自立訓練,学習,就労を支援する文字入力システムの開発とその有効性を実証し,筆記行動支援システムを提案することを目的に,2006年度から研究開発を始めました.
 まず,理療教育在籍者を対象に入力方式のニーズ調査を行い,6点点字入力式と手書き式を選択しました.そして,点字タイプライター式とオンライン手書き式の各文字入力システムの開発に入りました.
 今回は,点字タイプライター式文字入力システムの開発と製品化を中心にご紹介いたします.

5. プロトタイプ“L. L. Writer”を開発しました ―2006年度〜2009年度

 開発の方針は,成人の中途視覚障害の方の点字力を活用できるハードルの低い機器の創造です.「外出時,携帯電話に初診患者さんから予約が入り,電話番号を記録するのに,直ぐに入力できるといい」という卒業生のニーズも参考に,Low function(低機能),
Low weight(低重量),Low cost(低価格)という目標を持ち,試作機の名称を” L. L. Writer”としました.
 L. L. Writerは,文字入力と同時に音声でフィードバックさせるメモ装置です.筺体の上面には6点キーと4つの機能キーがあります.大きさは縦100mm×横160mm×高さ28mmで,重さは348g.電源Onで直ぐに入力でき,電源Offで自動保存します.容量は最大で8,192文字 ×16ページ分です.音声は,肉声の単音発声をつなぐことにしました.そのため,促音と長音の処理に苦慮しました.また,操作キーが少ない分,上下左右をはじめ,文頭や文末へのカレット(カーソル)移動はキーアサインを利用しました.キーアサインは,理療教育在籍の方々と素案を作成し,研究者間で組合せを決めました.本体の横面には,音量,速度,音声出力ジャック,USBポート,電源コネクタを配置しました.文字の切り貼りなど,編集機能は殆ど組み込みませんでした.

6. パソコンと“L. L. Writer”のデータ共有を実現しました ―2010年度

 L. L. Writerの試用評価は,当センターだけでなく,全国を対象として被験者を募り,各人の活動場面(自立訓練,理療教育,就労)の中で行いました.評価には,福祉用具満足度評価スケール(QUEST2.0),福祉機器心理評価スケール(PIADS)を用いました.評価期間は原則1ヶ月としました.
 試用評価の結果を受け,編集機能の追加に関するニーズに対応するべく開発を継続し,パソコンに接続して音声データを文字データに変換する機能を実装しました.パソコン側は,エディタを起動して全角ローマ字入力状態で待機します.L. L. Writer側からは,2種類の送信方法が可能です.1つ目は,全文を平仮名で送信し,漢字変換することなく確定して入力します.2つ目は,文節ごとに漢字仮名交じりに変換しながら送信する方法です.「6点点字モード入力→音声データ化→文字データ化」による編集機能の構築を実現しました(図1).


  図1 6点入力式簡易電子メモ装置のプロトタイプ“L. L. Writer”

 A氏(57歳,女性,先天性弱視,r:0,l:光覚,盲学校教員,2010実施)に試用いただいたところ,福祉用具満足度評価スケールの結果は,平均4.8点(max=5.0点)でした(図2).福祉機器心理評価スケールの結果は,3つのサブスケールに要約されます.L. L. Writerを試用されたA氏の場合,自尊感が1.9点,積極的適応性が1.5点,効力感が1.0点(max=各3.0点)に集約されました(図3).
 「促音が書けない」「キーアサインが少し難しい」けれども,「操作に慣れると小型で使いやすい」というコメントをいただきました.以上,5年がかりで研究開発は完了しました.

図2 A氏の満足度評価 図3 A氏の心理的評価
図2 A氏の満足度評価 図3 A氏の心理的評価


7. 6点入力式簡易電子メモ装置“Brai-Talker(ブライトーカー)”が完成しました ―2012年度

 次のステップとして、企業と協働で「平成23年度障害者自立支援機器等開発促進事業」に応募し,“L. L. Writer”の製品化を目指しました.
 製品化においては,キーの数と素材,高さ,大きさ,重さ,調節機能の配置など,全体の仕様を見直しました.特に,基本的な形状については粘土で5種類の型を製作し,エンドユーザーの皆様に触っていただきながら,意見を収集しました.音声の再録音,追加を行いました.
 最終的に,6点キーのほか,4つの機能キーは上下左右のカーソル移動キーに割り当て,スペース,エンターキーはそれぞれ独立させることとしました.また,モードボタン,ヘルプボタンを追加し,モードボタンにより入力モードの切り替えを簡単にしました.ヘルプボタンは操作の説明を音声で行います.操作の説明機能を本体に搭載することで,説明書を読まなくても操作がわかるようにしました.
 大きさは縦100mm×横160mm×高さ22mm,重さは248gにまで小型・軽量化が実現しました.電源スイッチと,電源コネクタは本体の奥の面に,音声の速度調整ボタン,音声出力ジャック,音量調整ボタンは本体手前に配置しました.また,これも被験者ニーズを受けてのものですが,ストラップを付けて,首から下げられるようにしております.
 2013年3月.発売が開始されました.日常生活用具(点字タイプライター)に認定され,エンドユーザーにリーズナブルな価格でお届けするという所期の目標が達成されました.


  図4 6点入力式簡易電子メモ装置“Brai-Talker(ブライトーカー)”

製造元:エクセル・オブ・メカトロニクス株式会社 http://www.excelmec.com/ 03-3928-8599
販売元:株式会社ラビット http://rabbit-tokyo.co.jp/ 03-5292-5644


8. 筆記行動支援システムの全体像

 4で触れましたが,本研究では,手書き式の文字入力システムも開発し,実用化を進めております.また,開発したシステムを活用するために臨床における患者とのコミュニケーション教材を試作しております.このように,筆記行動支援システムは,複数の文字入力システム,教育・訓練プログラム,教材から構成されることをイメージしております.
 本研究の意義は,中途視覚障害を有する方々の「書きたい」を支える具体的な支援策を提案する点にあります.機器と機器の狭間を埋めるための研究とも言えます.
 今後の研究課題は,中途視覚障害を有する方々の筆記行動が記憶の定着につながり,学習効果を高め,より就労の質を高めることにつながるかどうかの実証です.


【謝辞】
 本研究の一部は平成18〜20年度厚生労働科学研究費補助金長寿科学総合研究事業、平成21年度同補助金感覚器障害研究事業、平成22〜23年度同補助金障害者対策総合研究事業によって行われ,下記研究分担者及び13名の研究協力者にご尽力いただきました.本研究に関わって下さった全ての方に感謝申し上げます.

 石川充英氏(東京都視覚障害者生活支援センター)
 清田公保氏(熊本高等専門学校)
 江崎修央氏(鳥羽商船高等専門学校)
 奈良雅之氏(目白大学大学院)
 福田文彦氏(明治国際医療大学)




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