第7回流暢性障害世界会議WCFD2012見聞録


                研究所 感覚機能系障害研究部 森 浩一

 2012年7月初めにフランスのトゥール(Tours)で4日間にわたって開かれた第7回国際流暢性障害世界会議2012 (7th World Congress of Fluency Disorders) に出席したので報告する。この会議は1989年に発足した国際流暢性学会 (International Fluency Association, IFA) の主催で1994年のミュンヘン以来,3年毎に大西洋の西と東で交代に開かれ,世界の吃音の専門家(臨床・研究)が一堂に会する貴重な会議である。
 流暢性障害というのは文字通り流暢に喋れない障害という意味であるが,一般には構音障害と失語症は含めず,吃音と早口症と若干の神経疾患(パーキンソン病など)が対象になる。中でもIFAは吃音を中心とする学会である(国際早口症学会が別にある)。会員は25カ国に分布し,学問的成果だけでなく,吃音者の福祉の向上も目指しているのが特徴であり,毎回吃音者の互助団体とその会員も参加している。9年前に参加したモントリオールの会議に比べると,IFAの創設にかかわった長老達がほとんど引退したか引退直前となり,彼らの参加が少なくなっていた。会員数もやや減ったが,学会の役割が小さくなったわけではない。IFAの公式機関誌であるJournal of Fluency Disordersはインパクト・ファクターが徐々に上昇して現在4.05となり,リハビリテーションや言語・教育分野では最も高い部類に入り,吃音の研究が諸外国では大変重視されていることがわかる。

写真1 トゥール駅正面
トゥール駅正面

 開催地のトゥール(Tours)はロワール渓谷(ユネスコ世界遺産)沿いにあり,パリ空港から高速鉄道(TGV)で2時間足らずで到着する。この付近はフランスで最も古くから人が定住した土地で,水運交易の要衝として栄えた。15世紀頃から王家の住居などが建築され,レオナルド・ダ・ビンチはフランソワI世に招かれてアンボワーズ城の近くで晩年を過ごしている。トゥール駅に真向かいの学会場はそれにちなんでビンチ会議場と名付けられている。トゥール駅はパリのオルセー駅(現在はオルセー美術館)と同じくヴィクトール・ラルーの設計で,天井が高く,美しく立派である。街中に中世から伝わっている建物があり,商店の看板も景観に配慮して目立たないものになっていた。旧市街は石畳が多く,車いすでの地上・階上の移動は容易でないが,障害者への配慮はいたる所に見られ,宿泊したホテルでは,車いすでフロントを担当している人がいた(日本では見たことがない)。交通機関などの公共窓口には必ず難聴者のための磁気ループがあり,音声案内付きのエレベータの中にまで磁気ループが備わっていた。

写真2 駅前公園の噴水ごしに見えるビンチ会議場 写真3 ホテルのエレベータ内にあった磁気ループのマーク(青)
    上:駅前公園の噴水ごしに見える
      ビンチ会議場
    右:ホテルのエレベータ内にあった
      磁気ループのマーク(青)

 今回の会議では,4題の基調講演と,65題の口演,8題の講習,68題のポスター発表,5題の映画があった。吃音の治療法や多面的評価・治療に関する発表が多かったが,それ以外にも遺伝子解析,脳MRIによる研究,発話特性の測定等,幅広い発表があった。最初の基調講演は、主催者の一人である耳鼻咽喉科医のMonfrais-Pfauwadel教授であり,吃音の診断について講演された。フランスでは昔は精神科医がもっぱら吃音を担当していた時代があり,精神分析ではほとんど治らなかった吃音を,治療できるものに方向転換をした功労者が彼女であり,IFAでも創立早期から活躍している。2番目の基調講演は、吃音者の回復過程を脳機能から調べているドイツのNeumann教授で,彼女も耳鼻咽喉科医である。一方,欧米の多くの国では医師ではなく言語療法士が吃音の治療と研究の中心であり,後の2題の基調講演は彼らによる吃音者の心理と包括的治療についてのものであった。
 20年程前から始まった多面的アプローチが臨床に本格的に導入されてから10年以上が経ち,これに呼応して吃頻度一辺倒の評価方法に修正が加わり,演題数で見ても,直接の言語訓練についてより,心理的・行動的アプローチについてのものが圧倒的に多くなっていたのは興味深かった。参加型の講習がプログラムの1/4程度の時間を占めており,ここでも様々な心理的アプローチが扱われていた(マインドフルネス,短期療法,ACT,ナラティブ,芸術療法等)。世界の最先端の治療方法を,半ば患者の立場からも体験でき,勉強になった。国内の講習会の進め方のお手本としても役立つと思われた。
 日本からは東京学芸大学,北里大学,目白大学などから若手を中心とした12人もの参加があり,事前登録210人程度の中でも多い方であった。小生は吃音者の単語音読に関する脳機能の口演発表を行い,貴重な意見をもらうことができた。
 会議中,コーヒー・ブレイクや昼食の時には当然のようにワインが供され,地元のおいしいシノン・ワインを片手に,フランスの吃音の自助団体の方々とも交流を深めた。皆さん大変フレンドリーで話が弾み,集中訓練(3日間のコース)の様子や,吃音者が心理的問題を解決するためのWEB上でのコース(ただし全部フランス語)を自助団体が立ち上げていることを教えてもらったりして,楽しく有意義なコーヒー(?)ブレイクを過ごすことができた。日程の関係で夜行便往復による3泊6日の旅は身体的にはクタクタになったが,大いに知的刺激を受けた。センターで来年度開始予定の「吃音臨床・研究センター」の中身を充実させることにも活かしていきたいと思う。
 

写真4 フランス吃音自助組織の方々とコーヒー(ワイン?)ブレイク

写真6 WCFD2012の立て看板

写真5 東京学芸大学の発表ポスターの前の記念写真

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