〔トピックス〕
青年期吃音に対する認知行動療法を用いた
最新治療 −グループ介入研究のご紹介−
病院リハビリテーション部言語聴覚療法、言語聴覚士 北條具仁

発達性吃音とは
 吃音(きつおん)は、話し言葉が滑らかに出ない発話障害のひとつです。吃音には発達性吃音と獲得性吃音がありますが、ここでは発達性吃音について述べます。
 吃音に特徴的な発話症状には次の3種類があります。「か、か、からす」と音を繰り返す連発、「かーーらす」と音を引き延ばす伸発、そして「・・・・・からす」とことばを出せずに間が空いてしまう難発(ブロック、阻止とも言います)の3種類です。このような話し方の特徴を示す発達性吃音は、2語文以上の複雑な発話を開始する時期である幼児期(2歳〜5歳)に起きやすいと言われています。発症率(吃音になる確率)は5%以上と言われ、幼児期に吃音があっても多くのお子さんは自然に消失することが多いですが、有病率(全人口における吃音のある人の確率)は約1%と言われており、幼児期に出始めた吃音がそのまま大人になっても残る場合もあります。自然に吃音が消失するのは発吃(吃音が出始めた時期)から約2〜3年以内がほとんどです。この時期を過ぎても吃音が消失しない場合は吃音について医療・教育機関で相談することが推奨されます。吃音がある方の男女比は3〜5:1くらいで、男性に多いですが、幼児期に男女差はあまりありません。原因については随分究明されてきています。7〜8割は遺伝的要因によるもので、その結果、脳内の神経の連絡に問題が生じ、吃音が出やすくなります。大事なことは、親の育て方に問題があるから吃音が出るわけではないということです。
 幼児期・学齢期の吃音については割愛しますが、青年期以降になると吃音の発話症状は難発が中心になり、不安や悩みも変化していきます。
また中学・高校といった思春期には自分のアイデンティティーの問題と相まって複雑な心理面の問題が生じたり、大学や就職といった慣れ親しんだ人間関係と離れ、これまでとは異なる環境になることで、更に発話症状や心理・態度面が苦しくなる方もいらっしゃいます。

従来の青年期以降の吃音に対する訓練
 青年期以降の吃音者に対する訓練法は古くからあり、直接話し方にアプローチする直接法と、直接的には発話への働きかけを行わない間接法に大別されます。直接法の主要なものとしては、吃音が出にくいコントロールされた話し方を習得する流暢性形成法や、楽に吃ることを目標とする吃音緩和法があります。間接法には、メンタルリハーサル法があり、話し方に直接アプローチはせず、日常生活では話すことへの意識を向けず工夫や回避をしないように指導しながら、夜間寝る前に頭の中のイメージで毎日話す練習をします。これら訓練はそれぞれの特徴があり、治療成績もそれぞれにあがっています。しかし、直接法では本来そのかたの持つ話し方とは異なるコントロールされた不自然な話し方となるため違和感を持つ方もいますし、治療効果の維持が難しいという意見もあります。間接法は治療効果の維持は比較的良いのですが、そもそも治療自体に平均2〜3年の時間が必要であり、うつ病など精神疾患の合併があると用いることができません。
 一方、吃音者の心理・態度面に対して、認知行動療法(CBT:Cognitive Behavior Therapy)を用いた吃音の治療が報告されています。CBTは認知と行動の側面から問題を解決するための方法の総称で、認知療法と行動療法の技法を組み合わせたアプローチです。マインドフルネスやアクセプタンス&コミットメントセラピー(ACT:Acceptance and Commitment Therapy)などと呼ばれる方法も包含しています。簡単に説明すると、認知療法は、それぞれの人が状況に対して、つい考えること(「自動思考」)に注目し、バランスの良い適応的な考え方への修正を図ります。行動療法は、適応的な行動を実際に起こすことで感情・認知に良い影響を与えて好循環のきっかけを作り、その行動を強化するアプローチです。吃音者が示す心理・態度面の問題に対してCBTを用いた吃音の治療がすでに報告され、大きな効果をあげています。またCBTはうつ病の治療においては個別訓練に対してグループ訓練が劣らない治療アプローチであることも既に示されています。

青年期以降の吃音に対するグループ認知行動療法

 このような吃音治療の歴史的背景を踏まえ、日本医療研究開発機構(AMED)障害者対策総合研究開発事業「発達性吃音の最新治療法の開発と実践に基づいたガイドライン作成(研究開発代表者 森浩一)」(平成28年度〜平成30年度の予定)の中で「青年期以降の吃音への介入技術開発に関する研究」を開始しました。研究チームは病院の第三診療部、リハビリテーション部(言語聴覚療法)、研究所感覚機能系障害研究部(聴覚言語機能障害研究室)のメンバーで構成されています。この研究が従来の吃音治療と根本的に異なる点はCBTを用いた吃音のグループ訓練を行っている点です。吃音に対する直接法を用いたグループ訓練や、直接法の個別訓練とCBTを用いたグループ訓練は報告されていますが、私たちが試みる下記のようなグループ訓練はまだ報告されていません。  このグループ訓練では、①吃ることを(ほとんど)忘れて自然に話せる能力があることを理解し、それができると信じて、いつも使うようにする、②コミュニケーションの目標を「吃らない」ということ以外の肯定的・具体的なことにする、③吃音に注意を取られずに、自分の向けたい方に注意を向けられるようになる、ことを目標とします。従来のグループ訓練と異なる点は、発話症状を軽減するために意図的で自然ではない発話のコントロールは練習せず、自然で楽な発話能力を強化していきます。吃音のある方の多くは、楽に話せる場面や吃音に捉われずに自然に話せている瞬間があります。従来の吃音アプローチでは吃る発話症状を、楽に吃る発話か、または、(楽ではないが)吃らない発話に変容していくことに焦点を当てますが、そこからの発想の転換で、自然に話せいている発話に注目し、その力を伸ばすという方法に私たちは注目しました。
 しかし過去に吃音が出てしまった失敗経験や恥しい思い、それらがフラッシュバックすることでおきる不安・恐怖、「〜の時は必ず吃る」などの個人個人がもつ吃音にまつわる信念が、時にはできている自然で楽な発話を阻害し、「吃らないように」「吃りたくない」という強い思いからかえって吃音が生じやすい緊張状態のループにはまってしまいます。この吃音者が陥る悪循環を断ち切るために、CBTが効果を発揮すると私たちは期待しています。CBTを用いて、吃音やコミュニケーションに対する考え方の変容を促し、「吃らないこと」を意識しなければ自然に楽に話せる能力があることを体験し、過去に失敗したような場面に立ち向かう行動的チャレンジを支援し、吃音に対してつい注目がいくことを防いでコミュニケーションで大切なところに注目が行くように指導していきます。
 私達の研究では、認知行動療法の特性を生かし、かつ自然に話す能力に着目したグループ訓練の研究を行うことで、従来のアプローチではできなかった新しい訓練法のモデルを確立することを目指しています。この訓練方法の有効性が証明できれば、マニュアルを作成し、全国で行うことのできる訓練プログラムにしたいと考えています。現在は週1回で5週間の訓練の暫定プログラムを作成し、それに基づいた試験的なグループ訓練が開始されたところです。既に終了したグループの吃音者の中には、質問紙において介入前後で改善を認め、その後も改善を維持している方も出ています。今後は暫定プログラムで得られた成果から本介入プログラムを作成し、効果を測定して有効性を確認していきます。そして青年期以降の吃音治療のための有用な選択肢を提供できるようにしたいと考えています。

画像:車いす移乗訓練 側方移乗
介入メンバー
左から研究所感覚機能系障害研究部・灰谷知純、研究所感覚機能系障害研究部・酒井奈緒美、第三診療部・金樹英、第三診療部・森浩一、リハビリテーション部・北條具仁、リハビリテーション部・角田航平