〔特集〕
頸髄損傷者に対する移動能力向上のための支援
自立訓練部 機能訓練課 清水 健・市川眞由美

頸髄損傷者の移動手段とその獲得に必要な要素

  自立支援局自立訓練部機能訓練課では、主に頸髄損傷者を対象にリハビリテーションを提供しています。頸髄損傷は、脊髄の首の部分をなんらかの原因により損傷してしまう病態であり、脳と体の間の情報伝達が完全に、あるいは部分的に閉ざされた状況となります。これにより、手足や体幹に運動麻痺や感覚障害が生じるため、頸髄損傷者には日常生活において車椅子の利用が不可欠となる方が多く存在します。
 頸髄損傷者における車椅子での移動手段には、自走用車椅子駆動、電動車椅子操作の2種類の方法があり、障害の程度等をもとにどちらかの手段を選択することとなります。自走用車椅子を駆動する場合、握力の問題を補うための滑り止め加工を施す、座位の安定性を確保するための調整を行う等、車椅子に多くの工夫を要します。また、電動車椅子は、自走用車椅子の駆動が困難な方が適応となりますが、コントローラーのわずかな動きのみで操作できるよう作られているため、操作者本人あるいは周囲の人に対して危険な場面も想定されます。これらからわかるように、頸髄損傷者にとっての車椅子移動は容易に獲得できる動作ではなく、様々な状況において安全かつ効率的に駆動・操作できる技術を身につけるためには、反復練習が非常に重要となります。
 また、残された筋力の増強や座位耐久性の向上といった身体機能面の改善をはかり、さらに、自身の障害特性や環境等に対するたくさんの知識を身に付けることが、実用的な移動能力の獲得には不可欠です。以上のように、頸髄損傷者が移動能力を向上するためには数多くの要素を身につける必要があります。これらの獲得を目標とした支援の方針と実際の内容について、以下にご紹介します。

頸髄損傷者の屋外移動練習

  毎週火曜の午後に"屋外移動練習"と称する時間を設け、当センターの敷地外周を1時間弱ほどの時間をかけて移動する練習を行っています。現在は利用者の大半が参加しており、安全かつ可能な限り楽に移動できることを目標に、スピードを競うことなく、個々の目標を達成できるよう各人のペースで実施してもらっています。
 利用者の多くは、自身では病院内の移動しか経験がない、自宅退院はしたものの屋外に出かけたことがないなど、屋外での移動がほぼ未経験の状況で入所されます。しかし、この練習には可能な限り入所直後から参加してもらうため、開始当初には「本当に外へ行けるようになるのか?」といった質問が多く聞かれます。そして、実際にこの練習を実施してみると、段差・坂道・グレーチングなどにおいて、高い座位安定性や巧みな車椅子操作が重要であること、ほとんどの道路に存在する緩やかな傾斜では、方向転換操作の反復や片側のみの継続駆動といった工夫が必要なこと等、多くの経験をします。このため数回参加した方からは、「こんなに大変だとは思わなかった。すごく疲れるし、圧倒的に体力が足らない」といった声をよく耳にします。このように、屋外移動の実体験により、技術面の反復練習と全般的体力の向上が不可欠なことを、現実問題として認識されていく様子がうかがえます。
 また、頸髄損傷者の多くは、自律神経の障害により体温調節が難しくなります。この問題に対し、四季をとおした練習を実施することで、外気温に合わせた服装や必要物品を準備する等、自己管理面の知識も身に付けてもらえるよう心がけています。さらに、屋外の環境は経験を通さないと学べない問題が多いため、外出経験の豊富な先輩利用者が技術面や工夫点などについて助言する光景がよく見られます。利用者間で様々な情報を共有することも、屋外移動の実用化においてはとても有用なようです。
写真1:屋外移動練習風景① 写真2:屋外移動練習風景②
屋外移動練習風景① 屋外移動練習風景②
写真3:グレーチング 写真4:横断歩道前の段差
グレーチング 横断歩道前の段差
写真5:道路傾斜
道路傾斜

社会復帰に向けた実践的な移動経験

 これらの定期的な移動練習の実施にともない技術・体力・知識が備わってくると、当初の不安は薄れ、外出に対する自信がわいてくるようです。それまで休日は仕方なく居室で過ごしていた方が、他利用者とともに買い物に出かけるなど、積極的な姿勢へと明らかに変わっていきます。この段階の利用者さんに対しては、それぞれの社会復帰における必要性に合わせ、より長時間の継続移動や公共交通機関の利用等、移動範囲を拡大した実践的な対応へと移行します。自立訓練終了後の生活を具体化する際に、選択の幅と活動範囲をより拡げられるよう、必要かつ充分な支援を心がけています。
 以上、自立支援局における頸髄損傷者の移動能力向上を目指した支援について、その方針と実際の内容をご紹介しました。今後も、頸髄損傷者の方々がより効率よく移動能力を向上し、社会参加に向けた選択肢を増やしていけるよう、支援内容の模索と討究を継続していきます。